| 原告 オキナワセッコクこと0.Y. |
| 記 |
わたしは原告のオキナワセッコクこと、O.Y.です。豊見城に住んでおり ますが、母のふるさとが今帰仁村で子どものころはやんばるの森に親しんでいました。その森の恵みは無限にあると思っていましたが、2006年の春に東村に住む知人を訪ねて行った際に初めて林道に入り、そこで皆伐された山を見て衝撃を受けました。本来ならば、うっそうとした緑の中、空気は程よく湿り、清らかな水の流れる沢筋、木の香り、花の香り、鳥のさえずり、生き物たちの気配に満ちた、美しい森であるはずでした。しかし林道周辺の木々はノグチゲラが巣を作るような貴重な大木まで根こそぎ切り取られ、美しかった沢筋は林道建設のために削り取られた赤土の捨て場となり、乾いた風の吹き抜ける荒れ果てた台地の上に、伐採された木々が屍の山となって転がっていたのでした。 そしてこの伐採された木が何に使われているのかを聞いたわたしは驚きました。東洋のガラパゴスと言われるこの貴重な森を形成する木々がチップに変わってしまうと言うのです。「林業振興」の名の下に百億円単位の税金を投入した林道をつくるために山を削って沢を分断し、肝心の林業はイタジイを二束三文のチップでしかないそうです。これでは林業と呼べないのではないかと思い、それからわたしはいろいろと調べ初め、またいろんな人に話を聞きました。その結果、次のようなことが見えてきました。 1キロm当たり数億円も掛かるような林道を作り、イタジイをチップ材として切り出してもあぶく銭程度の利益しかない。切った跡地には造林事業といってお金を掛けて杉などを植えるが、気候に合わないためうまく育たず、将来的にお金には成らない。そうやって過去に造林事業が行われた跡も見ましたが、未だに床柱にも成らないようなひょろっとした杉の林は醜いかさぶたのようでした。しかも森林保護と森林利用を両立させるように計画に沿って事業をする筈が、この手続きに違反し、さらに環境アセス法や県条例逃れの分割型の林道工事をしている。何重にも税金の無駄遣いをしながら、森の自然環境を破壊し、赤土流出で森と繋がる海の自然をも破壊してきたのがこのやんばるの林道工事です。 太平洋戦争当時、激戦地となった南部から避難してきた人々を救ったのは、北部の人々とこの森でした。そして戦争によって全てを奪い取られた人々が飢餓にならずに生きていくことができたのは、他ならぬこの森の恵みと、太古の昔から森と一緒に育まれてきた海の恵みです。戦争は終わりましたが、米軍はこの地に居座り続け、沖縄県は高率の補助金を得ています。沖縄県民の多くが、基地を受け入れなければもらえないと思い込んでいるその補助金。しかし、そのお金が何に使われているかというと、皮肉にも県民の宝であるこの森を切り裂くことに使われているのです。この公共工事で工事業者は利を得ていると思いますが、このやんばるの森は、到底お金に代えることの出来ない後世に残すべき大切な財産です。私はこの現状を前にして、目先のはした金を片手に誇りを失った我が半身が切り刻まれるような思いがするのです。そしてこのような公共工事のあり方はいずれ行き詰まり、あとに残るのはコンクリートやアスファルトでガチガチに固められたつまらない沖縄となるのはあきらかです。 県は沖縄県環境保全実施計画というものを定めています。その中では沖縄県特有な自然環境を保全すること、環境が有限であることを認識し環境への負荷の少ない持続的発展が可能な循環型社会を目指すことが書かれています。そして琉球諸島の世界自然遺産への登録に向けた条件整備を促進する必要性が謳われています。本土では例えば、一度壊された自然を取り戻し、世界自然遺産に登録された知床半島や、林道建設をストップして自然遺産登録を得た白神山地など自然保護推進型公共事業が効果を上げています。沖縄県もそういうことにお金を使うべきではないでしょうか。そこから必ず持続可能な経済発展の道が開けるはずです。今ならまだ間に合います。 |